寺町通りを歩く(22)~憶念寺~

ほんまお寺がぎょうさんあります。 次に出会ったのは憶念寺っていうお寺。。。 立て札もなかったので ネットで検索しました。。。 しかし、わかったのは真宗のお寺ということだけでした。 どんな歴史があるお寺なんでしょうね? バースデーケーキに☆チョコムースのケーキ☆プリンセス ショコラ【ストロベリー(苺)…
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寺町通を歩く(21)~長講堂~

驚くほどいろんな寺社がまとまっています。 つぎに訪れたところは 長講堂と書かれてあります。 立派な石碑です! 立て札もあったので 沿革を読んでみました。 「平安時代末期の寿永2年(1183)に、 後白河法皇(1127~1192)が晩年を過ごした 院御所「六条殿」内に建立した持仏堂が当寺の起…
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寺町通りを歩く⑳~蓮光寺~

次に訪れたのは 「蓮光寺」 というお寺です。 門前には 「長宗我部盛親公瘞首の地」と書かれた石碑と立て札がありました。 長宗我部というと 高知の戦国大名というイメージしかなかったんで斬新な感じでした。 立て札を読んでみると 知恩院を本山とする浄土宗の寺で 「一負別如…
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寺町通りを歩く⑲~太子堂白亳寺~

やはりここも門は閉じられていました。 上に小さく 「太子堂白亳寺」とかかれてあります。 どうもここには聖徳太子にまつわるものがあるようなんですが・・・ ネットでもうまく検索できなかったんで・・・ また再訪問してみたいところです。
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寺町通りを歩く⑱~極楽寺~

今度は・・・ 極楽寺というお寺です。。。 立派な名前のお寺ですね! 外観はというと。。。 こんな感じ。 時間的に境内には入られなかったので 立て札とかも外にはありません。 ネットで検索しても他の極楽寺は出てくるのですが ここはうまい具合にヒットしませんでした。。。 また、京都を訪ねた…
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寺町通りを歩く⑰~新善光寺~

今度は 「信濃善光寺分身如来」って書かれた石碑が 道の端にありました。 そこで記念撮影! ちょっと影になって見難いかも・・・ ということでアップで撮影! このお寺って? お寺を撮影したけれど・・・ 日差しの関係で暗い! 立て札があったのでやっと名前が判明! 「新善光寺」…
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寺町通りを歩く⑯~上徳寺~

次にやってきたお寺は 「世継地蔵上徳寺」と書かれてありました。 お寺の前には 石碑と立て札があります。 右に 「冠翁堀内雲鼓墓所」 左に 「上徳院殿 雲光院殿 阿茶の局墓所」 と並んでいます。 真ん中の立て札を読んでみることにしました。 塩竈山と号し、浄土宗に属…
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寺町通りを歩く⑮~本覚寺~

古い石碑があったんで とりあえず写真に納めたのですが・・・ なんやったかな? 文字らしきものが見当たらない! そして京都市内の街並みを楽しみながら歩いていきました! そんななかお寺が見えてきました。 「佛性山 本覚寺」ってあります。 手前に石碑も! 「此寺に八文…
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寺町通りを歩く⑭~浄国寺~

やはりここも茶道具のお店なんでしょうか? なんともいえない味わいがあります。 そして次に訪れたのは 浄国寺というお寺でした。 もちろんここも時間が遅かったので閉まっていました。 資料を探しにネットで検索。。。 残念ながら詳しいものが見つけられませんでした。 ご覧になられた方でご存知の…
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寺町通りを歩く⑬~永養寺~

街並みを楽しみながら歩きました。 歴史がありそうな建物を発見! 「具道茶抹煎」? 左からではなく 右から読むのが正しかったようです。 「煎抹茶道具」 お茶の道具を売っているお店かな? っていうことで 次のお寺にやってきました。 「永養寺」とかかれてあります。 やはりここも門…
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寺町通りを歩く⑫~乗願寺~

次は乗願寺というお寺です。 門は開かれていましたが 時間が時間なんで そとから見学。。。 ここも外には案内板がなかったので ネットで検索。 浄土宗捨世派に属するお寺とありました。 天正4年五条坊門芝山町(現仏光寺西町)に 僧信窮が開創したとのこと。 しかし天正13年に やはり豊臣秀吉によってこの地…
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寺町通りを歩く⑪~空也寺~

ほんまお寺ばっかりです。 今度は浄土宗空也寺とあります。 このあたりは浄土宗が多いようですね。 案内板が見当たらなかったのでネットで検索すると 以外と歴史は古く972年の開基やそうです。 当初は天台宗に属していたそうですが いつから浄土宗に変わったんやろ? そしてやはりここも豊臣秀吉によってこの地に…
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寺町通りを歩く⑩~聖光寺~

門前に大きく目立つ文字が! 「天野屋利兵衛は男でご座る」 意味がよくわからず・・・ 下にも何か書いてあったので読んでみました。 赤穂浪士を陰で支えた 天野屋利兵衛之墓所地 って書いてあります。 全体でみるとこんな感じ! どうもこのいわれは・・・ 赤穂浪士に武器等などを準備…
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寺町通を歩く⑨~透玄寺~

次にやってきたのは透玄寺というお寺! お寺の前に石碑がある! でも、閉まってるし…。 石碑はなんて書かれてあるんやろ? 「安産背競地蔵尊」ってかかれてあるようです。 このお寺ってどんなお寺なんやろ? って思っていても 何の案内もない。 ネットで検索すると 「あかかべ寺」とも呼ばれてい…
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寺町通を歩く⑧~京都大神宮~

次に鳥居が見えてきたので 近寄ってみました。 しかし、既に門は閉められておりました。。。 京都大神宮とあります。 外にいくつかかかれてあったのですが 消えかけていて読めませんでした。 なんのお宮かよくわからなかったので ネットで検索。。。 すると明治維新後にお伊勢参りで…
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寺町通を歩く⑦~浄教寺~

またさっきの春長寺に似たつくりのお寺がありました。 浄教寺っていうそうです。 門が閉まっていたので 中には入られませんでしたが ネットで検索。。。 平重盛が創建したそうです。 中には 重盛像が安置されているそうです。。。 やはりここも豊臣秀吉によりこの地に移転してきたお寺でした。
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寺町通りを歩く⑥~火除天満宮~

春長寺をさらに進むと 今度は 「火除天満宮」と書かれた石碑がありました。 その横の茂みに隠れていますが 「龍池山大雲院跡」と書かれた石碑もあったので こっちも読んでみました。 大雲院は天正15年(1587) 織田信長・信忠父子の菩提を弔うため 正親町天皇の勅命を受け 開山貞安上人に御池御所(烏丸二条)を…
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寺町通を歩く⑤~春長寺~

南に下っていくと 寺町通の名のごとく お寺がありました。 春長寺(しゅんちょうじ)というお寺でした。 外からみたところ 案内板というものもなかったのですが ネットで検索すると 織田信長に仕えていた 村井貞勝という人のお墓があるそうです。 本能寺の変のときに 明智軍に抗戦したが討ち死にしたそ…
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寺町通を歩く④~冠者殿社~

道路を隔てて、お社がありました。 八坂神社のすぐ近くなんですが、境外末社になるそうです。 いっぱいちょうちんも飾られて・・・ 八坂神社の御旅所とかかれた垂れ幕も! この奥に神さんが祀られているんかな? ちょっと奥をのぞいてみると。。。 しっかりお祀りされていました。 説明文が…
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寺町通を歩く③~新京極~

新京極にやってきました。 どうも京極という文字を見ると 「美味しんぼ」の京極さんのイメージとかぶるんですが 全然関係ないし・・・ってところで。。。。 変な感じです。 ネットで新京極について調べると 明治に入り寺町通のお寺を整理し 東に道路を作ったのが新京極の始まりやそうです。 だから寺町のアーケー…
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寺町通を歩く②~坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地(近江屋跡)

織田信長にまつわる本能寺に再びやってきました。 そこから南に下り、寺町通に入りました。 すると石碑と案内板がありました。 「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地(近江屋跡)」とあります。 説明文を読んでみると 「この地は、慶応3年(1867)11月15日、 維新の功労者である土佐藩海援隊長の坂本龍…
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寺町通りを歩く①~悲田院の遺址~

京の通り横断が終わったので 一旦来た道を引き返すことにしました。 御池大橋を再び渡り・・・ 鴨川の納涼床を横目に 戻りました。 歩いていくうちに・・・ 「悲田院の遺址」という立て札が ビルの一画に立てられていました。 「???・・・」と思い立て札を読むことに! 悲田院は平安奠都の際東…
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京の通りを歩く(29)~川端通~

鴨川を過ぎたところで 京阪電鉄の京阪三条駅が見えてきました。 このあたりが川端通になります。 道としては比較的歴史が浅いようです。 三条より南側は 京阪本線が地下化されたことにより できた道になるそうです。 二条城からずっと東に京都を横断した形になりましたが 通りごとにいろんな歴史があり …
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京の通りを歩く(28)~鴨川~

ついに鴨川迄やってきました! 通りの横断も残りわずかです。 夏の日差しに川の流れと緑が調和しているように感じますね! 鴨川は京都市北区の出合橋というところが起点やそうです。 北区雲ヶ畑の桟敷ヶ岳東部の谷を源とする祖父谷川と 桟敷ヶ岳南部の薬師峠を源とする雲ヶ畑岩屋川が 雲ヶ畑岩屋橋で合流し雲ヶ畑川とな…
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